10月は「お会式(えしき)」のシーズン。
全国の日蓮聖人ゆかりのお寺ではにぎやかにお会式が行われました。
特に
東京池上の本門寺には幾百もの万灯が多くの若者による太鼓に囲まれて
行列してくるのは東京の秋の風物詩ともなっていますね。
まことに勇ましく、心が浮き立つような心地がいたします。
日蓮聖人がそのご一生をかけて、文字通り命がけで人々の幸せを祈って61年の
ご生涯を池上の地で終えられて727年ということでした。
ところで、はなしを現実に戻しましょう。
政治の世界は新しい政権の誕生もあり、なにやら世の中が変わるのかしら、という
ほのかな期待もいだかせてくれるようですが、私たちの日常はますます厳しい状況が見えてくるようですね。
「やあ、お坊さんのお話はありがたいが、毎日食ってゆかねばならないから、そうそうカッコいいことばかり言ってるわけにもいかないんですよ」
「いや、ごもっとも」ではあるのですが、「毎日食べること」を考えているうちに
この国はどうなるんでしょうか。
子供や孫たちに少しでも良い国を残したい、なんて考えると、
「食べること」に加えて、もう少し考える必要もあるんじゃあないでしょうか。
最近は希望がない社会、希望がもてない社会と呼ばれているのだそうです。
自分で命を絶ってしまう方も3万人を超えているのです。
「食の崩壊」も叫ばれています。なんと、お菓子を食事代わりに食べる若い人が
増えているのだそうで、これが命の問題ともなっています。
飽食の時代だというのに、なななんと、一日あたりのカロリー摂取量が敗戦後
間もない頃よりも低くなり、献血にも受け入れられないケースが増えているのです。
信じられますか。「あんたの血液は薄いので輸血に使えないのです」「あんたら
長く生きられへんで」
そのくせ、馬に食わせるほどサプリメントを呑みまくるインテリさえいます。
食事をとる環境は人の心にも大きく影響をあたえているんですよ。食料を探して
むさぼり食っていた敗戦後の時代。
一本のバナナを6人の家族で分けて食べた経験があります。「ウマかったナア!」
希望もありました。今どうです?
どうも、私たちはどこかで道を間違えてしまったのかな。
例えば、「子供には苦労をかけさせたくない」・・・これもまずかったですね。
苦労をしない成長では、一人前になれないでしょ。どうしてこんな簡単なことも解らな
かったのでしょうか。
かつて、子供は決して成人までのコストなんてことで、生んだり
しなかったと思いますよ。第一、そんなお金がある人なんか、あんまりいなかったん
です。それでいて5人も6人もね。
もう一度、希望とか幸せ、考えてみませんか。みましょう。
せっかく生まれたんですから。では。
2009年9月